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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1235号 判決 1966年12月19日

控訴人 幡谷善秀

被控訴人 茨城県知事

訴訟代理人 黒沢康亘 外四名

主文

原判決を取消す。

被控訴人が別紙物件目録記載の山林につき昭和三〇年二月二三日公示をもつてした買収処分を取消す。

右買収処分の無効確認を求める訴はこれを却下する。

訴訟費用は第一、二審とも全部被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、無効確認の請求について

控訴人は当審において請求を拡張し、本件買収処分の無効確認を求めるというが、控訴人が従来原審において本件買収処分の違法(かし)を主張し、その取消を求める訴には、もし右の違法が無効原因となるようなものである場合には、無効宣言の意味で右買収処分の取消を求める趣旨を含むものと解されるので、特に別途にその無効確認を求める必要はないし、他面、控訴人において本件山林の買収処分は取消をまつまでもなく当然無効であるというのであれば、これを前提として、その所有権に基き、現在、右山林につき控訴人の所有権を争つている者に対し、その所有権確認、所有権移転登記(ないしはその取得登記の抹消)等を訴求することにより目的を達することができると認められるので、控訴人の本件無効確認の訴は行政事件訴訟法三六条により許されないものと解する。

よつて、右無効確認の訴は不適法としてこれを却下すべきものとし、以下、本件買収処分に控訴人主張のような違法(かし)があるかどうかについて考察する。

二、別紙物件目録記載の本件山林(別紙)価格目録記載の甲地と乙地)、は控訴人の所有であつたが、被控訴人は昭和二九年一月二〇日山林につき開拓適否の調査をしたうえ、茨城県開拓審議会の諮問に付し、同年五月一一日開拓を適当とする旨の答申を得て、同月一二日法四八条一項の公示、通知をし、続いて小川町農業委員会が同条二項三項の公示、縦覧の手続を終えた後に、被控訴人は昭和三〇年二月二三日買収令書の交付に代える公示をして本件山林の買収処分をしたこと、控訴人は右買収処分を不服として同年三月一四日農林大臣に訴願をしたが、昭和三六年二月一四日訴願棄却の裁決があり、同裁決書が同年四月二日控訴人に送達されたこと、以上はいずれも当事者間に争いがない。

三、被控訴人は、本件山林の買収処分は昭和三〇年二月一〇日控訴人に買収令書を交付してしたものであり、令書の交付に代える公示をしたのは、万一、右令書交付の効力が認められない場合をおもんばかつて、念のためにしたものにすぎないという。しかし本件買収令書が控訴人に交付されたものとは認めることができず、本件買収処分は、昭和三〇年二月二三日買収令書の交付に代える公示によつてなされたものと認めるべきである。これに対して、控訴人は、買収令書の受領を拒絶した事実がないのに、被控訴人が令書の交付に代える公示をしたのは法五〇条三項に違反するという。しかし、本件の場合は同条項にいう「買収令書の交付をすることができないとき」にあたるものと認めるのが相当であり、その点で右の公示に違法はない。

以上の認定、判断の理由はすべて原判決理由(二の(一))に説示のとおりであるから、これを引用する。(当審で提出、援用された証拠にも、右認定をくつがえすに足りるものはない。)

四、控訴人は、仮に右公示による買収処分が有効であつたとしても、その買収対価が支払いも、供託もされていないので、この対価支払手続の違法により、本件買収処分は無効となり、少くとも取消されるべきである旨主張する。

これに対して、被控訴人は、本件買収対価については国において昭和三〇年二月一四日その支払いに必要な資金を日本銀行に交付して送金の手続をさせ、同月一八日その旨を控訴人に通知したから、法五二条五項、一三条四項により、同日適法に対価の支払いがなされたことになるという。そして、<証拠省略>によると、国(東京農地事務局資金前渡官吏)は本件未墾地買収の対価として金七万二九四〇円を控訴人に支払うため、会計法二一条一項の規定により、昭和三〇年二月一四日その支払いに必要な資金を日本銀行に交付して送金の手続をさせるとともに、同日付の右国庫金送金通知書(払渡店常陽銀行石岡支店、受取人控訴人)を発行して、同月一七日付書留内容証明郵便をもつてこれを控訴人に送付し、翌一八日到達したことが認められ、また前記(原判決理由二の(一))認定の諸資料によると、当時はすでに本件買収令書(乙第四号証)が作成されて地元小川町農業委員会に控訴人の交付方が嘱託され、同委員会から控訴人に右令書受取りのため出頭方をうながしていたのであり、控訴人は、買収令書の受取りは拒んだが、知人に令書を閲覧してもらつたりして、その内容はよく知つていたのであるから、国から送付された前記送金通知書が右令書に基く買収対価の送金にかかることも十分知つていたと認められる。

しかし、右買収令書は控訴人に交付されなかつたのであり、それゆえ本件買収処分は前記認定のとおり昭和三〇年二月二三日の公示によつてなされたのであつて、同月一八日にはまだ買収処分の効力が生じていないのであるから、同日をもつて買収対価支払いの効果が生じたということはできない。もつとも、控訴人がその受領した右対価(国庫送金通知書)を買収処分の効力発生のとき(公示の日)まで保持しておれば、そのとき対価支払いの効果を生じたものとみることはできようが、<証拠省略>を総合すると、控訴人は、同月一八日に受取つた右国庫金送金通知書を同月二二日国(前記資金前渡官吏)に返戻したことが認められるので、本件買収処分の効力が生じた同月二三日には買収対価は支払われていない状態にあるものといわねばならない。そうだとすると、国としては改めて公示に従つてその買収対価を支払うか、もしくは供託すべきであつたものというべく、その手続をとらなかつた本件買収処分には大きなかしがあるといわねばならない。

もつとも、本件の場合、右国庫送金通知書が控訴人に到達する前に、被控訴人主張のように、すでに令書の交付があつて買収処分の効力を生じていたと認められるかどうか、判定に困難な事情があり、さらにまた、右送金通知書を控訴人が公示のときまで保持していて、そのときに対価支払いの効果を生じたのでないかと疑いをさしはさむ余地もあり得るのであるから、右対価支払手続のかしは、本件買収処分を当然無効によるほど、しかし明白なかしとはいえないかもしれないが、少くともその故に本件買収処分は取消を免れないものと解する。

五、そうだとすると、右買収処分の取消を求める控訴人の本訴請求は、その余の争点について判断をするまでもなく、これを正当として認容すべきであり、これを棄却した原判決は失当として取消すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 武藤英一 岡川潤)

価格目録<省略>

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